
最新作公開記念!ジェームズ・ワン監督のホラー映画の最高峰はコレだ!
映画紹介人/お笑いコンビ・ジャガモンド斉藤です。 毎月第4金曜日に”配信で鑑賞できる作品”を1本選び、あーだこーだ書いていこうというこちらの企画。 居酒屋で誰かと喋ってる感じで書いていくので、酒のお供だと思ってお付き合いください〜 今回は、10月17日から公開されている『死霊館 最後の儀式』の公開を記念して、シリーズ3作目に当たる『死霊館 エンフィールド事件』を通して、ジェームズ・ワン監督の凄さを考えて参りたいと思います。 よろしくお願いします。
たくさんの「いいね」ありがとう!
209
- 作成日時:
- 2025/10/24 10:08
死霊館 エンフィールド事件
≪ホラーをアクション映画として撮る男≫ ジェームズ・ワン監督はアクション映画の監督である。 そう言い切ってしまうと誤解を招きそうだけれど、事実そうなのである。 ここで言う"アクション"というのは、『ダイ・ハード』や『ポリス・ストーリー』などのジャンルを指す意味ではない。ワン監督は、この世の全ての映画は"アクション"で語られるべきだという信念を持っている気がする。 思い返せば、出世作の『SAW』のクライマックスの種明かしのシーンなんて、もっと大人しくていいはずなのに、やけに大げさでしょ?音楽に合わせて、これまでのシーンを短いカットでバババババ!って繋いで一気に見せる。この”畳み掛け感”がシリーズのお約束になっていくわけだけど、これは編集を使った"アクション"として種明かしを演出してるってことなんだと思うんだよね。 「映画ってのは動いてなんぼなんじゃい!」と言わんばかりに、動く動く動く。キャラクターが動かないなら、カメラをアクロバティックに動かしたりして、とにかく何かしらを動かしまくる。 ワン監督の辞書にFIXという文字はない…というわけでもない。これは後述する。 だからこそ、非ホラーでアクションを重視する『ワイルド・スピード/SKY MISSION』や『アクアマン』がシリーズの中でも屈指の完成度でファンからも人気があるのも頷ける。元々、どんな映画もアクションとして撮ることができる素質があったわけだから、アクション映画を撮らせたら上手いに決まってるんだ。 だって『アクアマン』なんてさ、会議とか人物同士が喋るくだりになると、必ず途中で爆破されたり、敵が突っ込んできたりするんだよ?大丈夫だよ、ワンさん!僕達まだ聞いてられるよ!「うるせぇ!喋るな!退屈だ!」と、途中で乱入するワンさん。ほんと信頼できる男だよ! ≪アクションホラー映画『死霊館』シリーズ≫ そして、もちろん『死霊館』シリーズでもその才能は遺憾無く発揮されている。カメラを180度回転したり、上から俯瞰で撮りながら人物を追ったり、外観から家の中へ入り込み長回しで間取りを一気に見せていく!みたいなダイナミックなカメラワーク! いや、この手のホラー映画でここまで「動」に執着した作品はなかったんじゃないかな!? それに加え、物理的に人や物を吹き飛ばしまくる。もちろん『エクソシスト』や『ヴァチカンのエクソシスト』だって、物理的な、肉体的な恐怖描写はやってるんだけど、ワンさんは"ホラー"ではなく"アクション"として撮っているリズムなんだ。 そんなファイトスタイルで撮り続けた先に、ホラーとアクションの掛け合わせる試みはカルト映画『マリグナント』があるんだと思う。ただ、やりすぎてしまって一部の観客にしか刺さらなかったのは事実。もちろん、僕は大好き。 そして、『死霊館 エンフィールド事件』はワンさんのフィルモグラフィーの中で最高傑作と言い切っていいホラー映画だ。本作以降、ワンさんは死霊館ユニバースを陰で支える側に徹してるし、王道ホラーを撮らなくなる。なんか、やり切った感じがあるんじゃないかな?再び出して悪いけど、その感じは『マリグナント』を観るとよくわかる。冒頭でホラーのお約束はとっとと済ませて、そこからは自身のジャンル愛をぶち込みパワーで押し切ってる方向にドライブしていく。 『リング』の中田秀夫監督にインタビューした時に「『リング2』の段階で、ホラーはやり切ってて、もう同じことはしたくない」という趣旨の話をしてくれたんだけど、その感覚に近いのかも。作家としてもうやりたいこと、できることはもうやり切った感覚がワンさんにはあるんじゃないかな。 ≪『死霊館 エンフィールド事件』の凄み≫ じゃあ、どんなもんなんだい?『死霊館 エンフィールド事件』(以下、『死霊館2』)となる訳だけど、本作は、【悪魔描写と心霊描写のハイブリッド】というワンさんがやってきた試みの到達点と言える。 まず、悪魔描写ってところで言えば『エクソシスト』以降の悪魔をお祓いしていくタイプの、いわゆるアメリカ流ホラー表現というのは「物理的にアタックしてくる恐怖」だよね。劇中で椅子が動いたり、ヴァラクという尼僧の悪魔がこっちに向かって突進してきたり、首を絞めてきたりする。ロレインがずっと見ている予知夢は、エドが木に口刺しになる悪夢。要するに、物理的に肉体がダメージを受ける恐怖表現だ。「悪魔表現」っていう括りにしちゃってるけど、ジャッロもスプラッターもスラッシャーも、海外は基本的にはその手の表現。暴力性が強いんだ。観ていて、痛い!痛い!と感じるホラーがメイン。 じゃあ、そこに合体させた心霊描写って何?ってことになる訳だけど、これはハッキリ言ってしまえば、日本が生んだJホラーのこと。ただ、ここで注意しなくてはいけないのは、Jホラーは突如、日本で発生した表現ではないということなんだけど、長くなるからまた今度、改めて。 これは『インシディアス』や前作でやってることでもあったんだけど、Jホラー的心霊描写が組み込まれてることが画期的だった。 『死霊館2』の主なところで言えば、子供たちの寝室で声がする時の闇、廊下の奥にただただ立っているヴァラク、クライマックスでエドが目を負傷しながらも家の中に入った時に手前で不気味な手が動いていたり、などなど。 Jホラーの美学というのは、さっきの悪魔描写と真逆でアタックがないこと。襲ってくるから怖いんじゃない。幽霊を見てしまった、もしくは幽霊がそこにいるかもしれない、という心理そのものが怖いのである、と。Jホラーはそういう哲学を土台にしていると言っていい。 よく言われているのは、「心霊写真の動画版」という試み。その精神性を前提にした上で、じゃあ、どう映したら幽霊が幽霊らしく見えるのか?という具体的な技術の話に発展していくわけだ。 真っ黒に塗りつぶすのか、ゆっくり歩かせるのか、逆再生にするのか、踊らせるのか、古典的にやっぱ下半身はない方がいいとか、ピントをぼかすのか、薄くして透けているのか、CGを使うのか、まあ色んな幽霊大喜利の名解答がなされてきた。ホラーの始祖である監督たちが20年弱に渡り、自分たちの作品で実験をし続けた。 散々やったし、もう解答は出ないだろうと思っていたら、ジェームズ・ワンが手を挙げたのである。 ≪恐怖表現の名解答!≫ それが『死霊館2』のおじいちゃん幽霊に取り憑かれたジャネットが椅子に座りながら、みんなの前で喋るシーンだ。 エド・ウォーレンがカメラ、我々観客の方を向いていて、その奥にジャネットが座っているという構図。秀逸なのは、それまでジャネットの母親や心霊研究家など数名のオーディエンスがいたのに、問題のシーンになると、彼らを省き、この空間にエドとジャネットの2人しかいないのでは?と錯覚させる点。さっきまでカメラはガンガン動いていたのに、ここにきてFIXでワンカット長回しで2人を捉える。ここで緩急が効いてくる。 ワン監督の辞書にFIXという文字はない!と言い切れなかったのはこの点である。"アクション"というのは常に何かを動かす意味合いではない。「動」も「静」も総じて"アクション"なのだ。 エドの質問に答えるジャネット改めお爺ちゃんの幽霊。 カメラのピントは手前のエドに合っていて、奥で話し始めるジャネットはボヤけているんだけど、ジャネットの姿は徐々に変化して、気づけばお爺さんになっている、という仕掛けだ。 これが本当にうま怖い。 心霊写真のような映し方ではありつつ、こっちに向かってくるかもしれない…という不安と緊張感が半端ない。エド並びにここにいる人間は霊がソファに座っていると分かりながら、お爺さんの話を聞いてるからこそ怖い。 しかも、このジャネットからお爺さんへ移行していくCGの加減が映像表現として見事だと思う。 本作に登場するヴァラクやへそ曲がり男はフルCGで描かれるんだけど、怖さは半減してしまうんだよね。これは映像テクノロジーの進化と質が比例するわけではないという証明でもあると思う。 しかし、このシーンで使われるCGは最小限に抑えられており、どちらかと言うと視覚トリックになっている。どのタイミングでどのように変身したのか、何度見てもわからなくて、超楽しい。 このシーンは【悪魔描写と心霊描写のハイブリッド】の代表的なシーンだと思う。 ジェームズ・ワンは本作で誰もなしえなかったハイブリッドに成功したのだ。 なんとなくだけど、ジェームズ・ワンはもうこのような王道ホラーは一生撮らない気がする。それはそれで寂しい。けど、待ってるんだと思う。どこかの国の誰かが『死霊館 エンフィールド事件』を超えるホラーを撮ることを。 そしたら、ジェームズ・ワンの王道ホラーの新作が観れるはず! どなたか、お願いします!
あなたも作品の評価を入力してみませんか?
死霊館 エンフィールド事件 の★評価を入力する







