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三谷幸喜ファンによる『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』感想

三谷幸喜ファンによる『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』感想

世間ではやや評価が分かれている印象もあるけれど、三谷幸喜作品を長年追いかけてきた身としては、『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』は“三谷幸喜らしさ”が随所に感じられる連続ドラマで、個人的には素直に楽しめた作品だった。 近年の三谷幸喜は、大河ドラマを中心に時代劇での連作が続いていたこともあり、本作は久しぶりの現代劇かつ連続ドラマという位置づけになる。 かつての三谷テイストを一つひとつ思い出しながら、毎話少しずつ深まっていく世界を、ゆっくり追いかけていたような感覚があった。

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  • 作成日時
    2025/12/21 18:11

もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう

総合評価:2.8制作年:2025年制作国:日本再生時間:-
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もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう

登場人物たちは大きな物語のうねりに巻き込まれながらも、三谷幸喜の手腕によって、それぞれのキャストに合ったセリフや演技が丁寧に引き出されていたように感じられた。 アンミカ、バイきんぐ西村、ひょうろくといった意外性のある配役が作品の中でしっかりと機能していて、俳優としての存在感を強く印象づける新星の誕生はドラマファンとして素直に嬉しかった(笑) 最終回で、とくに印象に残ったセリフがある。 蓬莱(神木隆之介) 「集団というのは目的地が分からず、やみくもに走っているときが一番盛り上がるものだから」 樹里(浜辺美波) 「シェイクスピアって不思議だったんです。戯曲を読んでいると、たまに“どうしてこの人出てくるんだろう”って思う人がいる。こんな登場人物、いなくてもいいのにって。 あるとき気付いたんです。シェイクスピアは劇団の座付き作家だった。だから彼の頭の中には、いつも劇団員のことがあった。皆に役を与えないといけない。だからお芝居が下手な役者にも、ちょっとだけ舞台に立たせてあげたんじゃないかなって。 ——だからシェイクスピアの作品は温かい。どんなに悲しい話でも、温かい。」 三谷幸喜の大河ドラマ――『新選組!』『真田丸』『鎌倉殿の13人』――を振り返ると、前半の熱量と混沌、そして後半に訪れる退場劇の連続がもたらす喪失感が、共通した魅力としてあったように思う。 『もしがく』は、その構造が全11話の連続ドラマに凝縮されたようにも感じられた。 とくに、樹里のセリフに象徴されるような「劇団主宰ならでは」の視点が込められた言葉に出会えたことは、本作の印象的なポイントだった。 これまでの三谷幸喜作品でも、「集団」を描く際には、劇団での経験を別の世界観に落とし込むことで、意外性や普遍性が生まれていたように思う。 たとえば、『王様のレストラン』のシェフやスタッフたち、『新選組!』の隊士たち、『鎌倉殿の13人』における頼朝とその側近たち。 いずれも、劇団的な集団論を異なる舞台設定に置き換えることで、独自のドラマ性を獲得していた作品だった。 一方で、『もしがく』は“劇団員そのもの”を描いた物語であるため、その直接性が、必ずしも意外性につながりきらなかった部分もあったのかもしれない。 80年代の劇団員のあれこれが、現代の物語としてどこまで強い影響力を持ちえたのか、という点については、少し考えさせられる余地が残った。 それでも、ドラマ自体を楽しめたというのが正直なところ。 だからこそ、「視聴率での惨敗」といったニュースによって、観る人が少なくなってしまうのは惜しいようにも感じている。 三谷幸喜は今作でも、いつも通りに人を笑わせ、そしてどこかに哀しさを残す連続ドラマを書いていた。 それが、この作品を見終えたあとに残った、個人的な率直な感想だった。

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