
デル・トロ流”リメイク版”『フランケンシュタイン』
映画紹介人/お笑いコンビ・ジャガモンド斉藤です。 毎月第4金曜日に”配信で鑑賞できる作品”を1本選び、あーだこーだ書いていこうというこちらの企画。 居酒屋で誰かと喋ってる感じで書いていくので、酒のお供だと思ってお付き合いください〜 今回は、現在絶賛配信中のNetflix版『フランケンシュタイン』について1931年版と比較しながら、話していきます。 よろしくお願いします。 それでは、いってみよう! 〈ギレルモ・デル・トロ「死の大ファン、死ぬのが楽しみ」〉 これは、2025年12月9日に配信された海外ポップカルチャー専門メディア「THE RVER」の見出し。( 引用元:https://theriver.jp/del-toro-and-death/ ) 以下は本文の引用。 モロッコで開催されたマラケシュ映画祭(2025年11月28日-12月6日)にてデル・トロは、映画祭の参加者やジャーナリスト、映画学生らに対して「なぜ皆さん長生きしたいのですか?」と問いかけたという。そして、「私は死の大ファンなんです。死は実に素晴らしいものだと思います。(死ぬことを)実に楽しみにしていますよ。だって死ぬということは、“ああ、明日はもう何の問題もない”と言える日が来るってことですから」とコメントしている。 見出しはかなり大胆だけど、デル・トロのこれまでの作品は人間よりも異形の怪物の描写に重心が置かれてきたから、不思議と腑に落ちる。 『ヘルボーイ』(2004年)では見た目は恐ろしい悪魔やクリーチャーをヒーローとしてエモーショナルに描いてるし、『パンズ・ラビリンス』(2006年)の少女は激動の戦時下で”クリーチャーの闇の世界”に幸福を見出すし、『クリムゾン・ピーク』(2015年)の幽霊は邪悪な存在ではなく被害者だし、『パシフィック・リム』(2013年)ではロボットと怪獣への異常な愛とフェティッシュが炸裂していた。 人間ではなく"あちら側の世界"に強烈な憧れを抱くデル・トロが「死ぬことを楽しみにしている」と発言することに全く違和感がない。 少年時代にユニバーサル・クラシック・モンスターである『大アマゾンの半魚人』(1954年)を観て、人類に殺されてしまう半魚人の悲劇にショックを受けた彼は、鑑賞後、自分なりに半魚人のハッピーエンドを妄想したという。デル・トロはこの時からすでに人間ではなく、異形の怪物に感情移入する心を持っていた。 デル・トロは『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)で半魚人を"リメイク"する。政府に囚われた半魚人は口の利けないヒロインと恋に落ち、ラストで彼女は"あちら側"にゆく。怪物もヒロインもどちらも救われるストーリーだった。 そして、彼の念願の"リメイク"こそが『フランケンシュタイン』という題材だった。
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- 作成日時:
- 2025/12/26 10:33
フランケンシュタイン
1818年にメアリー・シェリーが書いた小説『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』をベースとした作品の中で、何よりもインパクトが大きかったのが、ジェイムズ・ホエールがメガホンを取った1931年『フランケンシュタイン』だろう。ボリス・カーロフが演じた怪物は"フランケンシュタインの怪物"のイメージを完全に決定づけた。また、首にボルトが刺さっていたり、頭が四角いあの容姿はユニバーサルが著作権を持っているので、他の会社があのままのデザインで映画を作ることはできない。しかし、映画ではなく、漫画などでボリス版に瓜二つの怪物が描かれることは正直あり、それもあって、フランケンシュタインの怪物のビジュアルイメージは一人歩きした。それくらい彼の演じた怪物のインパクトは絶大だった。 本作の怪物は不用意に少女を殺めてしまったことで、村人に追い込まれ、塔で火炙りになってしまうという悲惨な最期だった。後に続編が作られていくわけだが、1本の独立した物語として見るとバッドエンドで、悲しきモンスターとして描かれている。 先述した半魚人のように、ここでもデル・トロは怪物を自分の作品の中に転生させ、救済しようとする。
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彼が手がけたNetflix版『フランケンシュタイン』の劇中でヴィクター・フランケンシュタイン博士が、知能が成長せず手に負えなくなった怪物に愛想をつかし、建物ごと燃やしてしまおうとするシーンがある。 31年版の村人にあった他者への差別意識、誰かを罰したい欲望…これらの人間の愚かな業を怪物の生みの親であるヴィクターひとりに背負わせているが、『フランケンシュタイン』のお約束シーンに沿いながらも怪物を「一度殺し、蘇生」させることこそがデル・トロ流の"リメイク"だった。 そして、Netflix版は31年版よりもメアリー・シェリーの原作小説に忠実だ。しかし、要所要所でデル・トロならではの味付けがされている。 小説での怪物はもっとおぞましい。生みの父フランケンシュタイン博士を恨み、周囲の人間を意図的に殺し、追い込んでいく。博士はみるみるうちに疲弊していくが、怪物の殺戮は止まらずついには1人になってしまう。博士はまるで死神に呪われたかのようで、身も心もボロボロになりながら、復讐のため怪物を追いかけていく。 Netflix版は似てるようで違う。 怪物は意図的に人を殺さない。むしろヴィクターが犯した罪をなすりつけられてしまう。外見だって、恐怖と美の間のちょうど良い絶妙なバランスになっているし、彼に歩み寄ってくれる異性の理解者だって登場する。ラストの船を押し上げる英雄のようなシーンだって、ルーク・スカイウォーカーのように夕日を見つめるショットだって全てオリジナル。原作と31年版の文化的DNAを感じさせながらも、怪物を徹底的に被害者として描き、我々に感情移入させるという彼ならではの"リメイク"を成し遂げている。 ギレルモ・デル・トロという作家は次にどんな怪物を救うのだろう。
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