
映画『敵』レビュー|長塚京三が体現する老いと現実の曖昧さ
長塚京三のダンディズムが光る老境の物語。 日常描写から現実と非現実が交錯し、女性たちとの関係性が緊張感を生む。 観るほどに解釈が変わる余韻深い一作。
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- 作成日時:
- 2026/01/17 13:51
敵
滑り込みで映画館で観られて本当によかったと思える一本だった。 老いさらばえた、という言葉ではとても括れない。 序盤から漂う長塚京三のダンディズムは健在で、淡々とした日常描写すら魅力的に映る。 トイレ、洗顔、料理、歯磨きと続くルーティンに、『PERFECT DAYS』の役所広司が一瞬よぎる。 しかし本作の主人公は、缶コーヒー片手に作業車へ乗り込むことはない。ミルで丁寧に挽いた豆で珈琲を淹れ、静かな書斎でパソコンに向かう。 その差異が、この人物の人生観や階層、そして孤独の質を雄弁に物語っている。 預金残高と人生の終幕、その折り合いをつけながら生きる日々。 果たしてそこに張り合いは生まれるのか。中年とはいえ、まだ人生の若輩者である自分には実感しきれない問いだが、長塚京三が演じ、語ることで、不思議な説得力をもって迫ってくる。 印象的なのは、3人の女性の存在。 教え子の瀧内公美、BARオーナーの姪である河合優実、そして亡き妻の黒沢あすか。 それぞれに向き合う主人公の佇まいは微妙に異なり、人間関係の温度差が際立つ。 とりわけ瀧内公美と黒沢あすかのあるシーンは、非現実だと理解していても、張り詰めた緊張感が画面を支配する。 現実と非現実の境界は次第に曖昧になり、その揺らぎは加速していく。 最後の最後まで気が抜けない構成だ。ただ、すべてを見終えたあと、ふと「これはブラックコメディなのでは?」という感想も頭をよぎった。 2回目の鑑賞で、印象が大きく変わりそうな作品でもある。 余談だが、晩酌の串焼きと焼酎のシーンの“CM感”がやたらと強く、妙に記憶に残るのも本作の不思議な味わい。
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