
鈴木福主演『ヒグマ!!』公開記念!クマ映画特集!
鈴木福くんが主演を務める映画『ヒグマ!!』が、公開延期を経て1/23(金)、ついに劇場公開を迎えます。 「闇バイトVSヒグマ」という、字面だけで無性に惹かれるものがありますよね。 鈴木福くん演じる主人公が、闇バイトの世界に足を踏み入れたことをきっかけに、反社会的勢力とヒグマに挟まれた三つ巴の“ヤバすぎる”状況に巻き込まれていく異色作です。 試写で観る機会があったのですが、これがもう予測不能すぎるカオスっぷりで、思わず笑ってしまうような展開の連続でした。 ホラー、スリラー、アニマルパニックに社会派──とジャンルてんこ盛りですが、あくまで軸はコメディ。 肩ひじ張らず、幅広い層が楽しめる作品ではないでしょうか。 さて、本作が公開延期になっていた背景には、近年、日本において深刻化しているクマ被害の問題があります。 ヒグマは成獣になると体重300kgを超え、場合によっては500kgに達することもあるそうです。 走れば時速50km以上で、爪の一撃のパワーは人間の頭蓋骨を簡単に砕いてしまうほど。 2025年には、クマによる外傷を専門的に扱った医学専門書『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』がSNSにて話題になるなど、もはやクマ被害は“珍しい事故”ではなく、現実的な社会問題として受け止められる段階へとシフトし始めているのかもしれません。 クマの恐ろしさを語る上で、1915年に北海道で起きた三毛別羆事件は欠かせませんね。 わずか数日の間に7人が犠牲になり、今も「日本史上最悪の獣害事件」として語り継がれています。 実際に何が起きて、どんな結末を迎えたのか? 詳しくは、三毛別羆事件のWikipediaなどで一度チェックしてみてください。 「現実に起きた事件」として、非常に重たい読後感を味わえるはずです。 というわけで……今回は、『ヒグマ!!』の公開を記念して、クマが大暴れするパニック映画から、そもそも“熊が出てこない”映画、さらには熊を愛しすぎた末に命を落とした環境保護活動家を描いたドキュメンタリーまで―― いろんな角度から“クマ”を描いた映画たちを、まとめて紹介していきます。
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- 作成日時:
- 2026/01/23 13:58
コカイン・ベア
「クマがコカインを食べたらどうなるのか?」 そんな悪ふざけみたいな発想を、まさかの映画にしてしまったのが本作です。 麻薬密輸人が警察に追われ、飛行機から大量のコカインを森に投げ捨てた―― その“落とし物”を、運悪く(?)クマが食べてしまったことから、すべてが狂っていく。 笑って見られるブラックユーモア全開のアニマルパニック映画です。 舞台となるのは、のどかな森。 そこに偶然集まっていたのは、麻薬王一味、子どもたちとその母、警察、レンジャーなどバラバラな立場の人々。 コカインでハイになった“理性ゼロ・パワーカンスト”なクマの大暴れにより、事態は思わぬ方向へと転がっていく。 もはやこれは自然災害なのか、それとも人災なのか。 人間の欲とミスが生んだ“二次災害”として、クマはただ暴れるしかなく、人間たちはただ逃げ惑うしかない。 安心してください…この映画には小難しい教訓も、取ってつけたような感動もありません。 “こういうのでいいんだよ”と、ニンマリしながら楽しむべき正真正銘のB級映画。 ちなみに、この映画の元ネタになった実際の事件では、そのクマは人を襲うことはなく、コカインを大量に摂取したことによって命を落としたそうです。 ちょっと考えさせられてしまいますよね。
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コカイン・ベアの★評価を入力するグリズリーマン
2003年10月──アラスカでグリズリーの観察を続けていた男性とそのガールフレンドが、クマに襲われ命を落とした。 単なる事故の記録でも、動物ドキュメンタリーでもなく、「人間は自然とどう向き合うべきなのか」という問いを、真正面から突きつけてくるドキュメンタリー。 13年間にわたってアラスカの大自然でグリズリーの保護活動を続けてきた環境活動家ティモシー・トレッドウェル。 “グリズリーマン”と呼ばれた彼は、フィールドワークの日々を自らハンディカメラで撮影し、膨大な記録映像を残していました。 しかし2003年10月、カトマイ国立公園で恋人と滞在していた際、彼らは野生のグリズリーに襲われ、帰らぬ人となってしまいます。 その後に残されたのは、「クマを愛し、信じ続けた男」の人生が記録された、あまりにも大量の映像でした。 本作は、トレッドウェル自身が撮りためたその映像を中心に、彼の生き方を語り、そして“自然と人間の距離”について問いかけられる作品です。 とりわけ強烈に記憶に残るのが、ティモシーが“食べられていく”過程の音声だけが記録されていたという事実。 その音声データを聞いたヘルツォーク監督が、「止めてくれ」と声にする場面は、見ていて息が詰まるほど。 不幸中の幸いと言うべきか、クマの突然の襲撃によりカメラにはレンズキャップが付いたままだったそう。 映像としてその瞬間が残らなかったことだけが、唯一の救いだったのかもしれません。 クマを“友”だと信じた男の姿は、美しくもあり、同時にとても危うく、そしてどこか胸が痛みます。 クマ被害が社会問題として注目され、大自然との距離感や共生のあり方が改めて問われている今こそ見るべき一本ではないでしょうか。
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グリズリーマンの★評価を入力する熊は、いない
『熊は、いない』──このタイトルに込められた意味は、映画を見れば分かります。 この作品を語る上で、まず触れずにはいられないのが監督の存在です。 名匠ジャファル・パナヒ。 イラン政府から映画制作を禁じられながらも、その弾圧に屈することなく、不屈の精神で映画を撮り続けてきた映像作家です。 本作では、パナヒ監督が自ら“監督役”として登場し、「映画を撮ること」や「語ること」そのものが、ときに命がけになってしまう世界があるのだと、物語を通して突きつけます。 SNSでは最近、“表現の自由”という言葉が、しばしば性的コンテンツや炎上トピックと結びついて語られがちですが、この映画が語る“表現の自由”は、多くの人にとって素直に腑に落ちる説得力を持っているはずです。 本作の主人公は、パナヒ監督が“本人役”として出演している点も大きな特徴です。 彼はイランの小さな村に滞在しながら、リモートでトルコの街にいるスタッフに指示を出し、国外逃亡を企てるカップルを追うドキュメンタリー映画を撮影しています。 一方で、彼が滞在しているイランの村にも、古い慣習のせいで引き裂かれそうになっている恋人たちがいます。 つまりこの映画は、パナヒ監督の視点を通して、社会や制度によって困難と直面している“二組のカップル”を並行して描いている作品…と考えると分かりやすいかもしれません。 ただし話はそれだけでは終わらず、このパナヒ監督自身も、やがてトラブルに巻き込まれていくことになります。 自国イランでは上映禁止となっている本作。 タイトルにある「熊」とは何なのか? この映画を観終えたとき、「人が勝手に恐れ、信じ、縛られてしまうもの」の象徴として、“熊”という言葉が、はっきりと輪郭を帯びているはずです。
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