
“異常”を観る覚悟はあるか──『エル ELLE』が突きつける不快と快楽の境界線
『エル ELLE』を観終えたとき、まず浮かぶのはシンプルな感想だ。「なんだこれは」。しかしこの困惑こそが、この映画の核であり、そしてポール・ヴァーホーヴェンの狙いなのだと思う。 物語は極めてショッキングなオープニングから始まる。主人公が自宅で何者かに襲われ、レイプされる。しかし本作が異様なのは、その後の振る舞いだ。普通なら恐怖やトラウマ、あるいは復讐や告発といった方向に進みそうなところを、主人公は何事もなかったかのように日常へ戻っていく。この時点で観客の“倫理的な予測”は完全に裏切られる。「どういうことだ?」と感じた瞬間、すでに作品の支配下に入っている。 この映画が描いているのは、単なる事件やサスペンスではなく、人間の中に潜む“多方向の異常性”だ。特に性にまつわる欲望や歪みが、露骨かつ容赦なく提示される。しかもそれが特定の人物に限定されるのではなく、登場人物ほぼ全員に何かしらの歪みがある。正常と異常の境界が曖昧になっていく感覚が、観ていてじわじわと侵食してくる。 興味深いのは、あれほどショッキングだった冒頭の出来事が、物語が進むにつれて相対的に“薄まっていく”点だ。これは決して軽視しているわけではなく、周囲の人物や主人公自身の行動の異常さが、それ以上に強烈だからだろう。観客の感覚が麻痺していくプロセスそのものが、この映画の体験設計になっている。このコントロールは非常に計算されていると感じるし、同時に「よくこんなテーマに踏み込んだな」と監督の非凡さに圧倒される。 そして主人公。中盤以降、彼女の選択や行動はどんどん理解しがたい方向へ進んでいく。普通なら共感や同情を寄せるべき存在のはずが、「この人は一体何を考えているんだ」と距離を感じ始める。この“共感の切断”が、本作をさらに異様なものにしている。しかしそれでも目が離せないのは、彼女が完全に崩壊しているわけではなく、どこかに一貫したロジックのようなものが感じられるからだ。そのロジックが倫理とズレているだけで、本人の中では筋が通っているように見える。このズレこそが恐ろしい。 その難解で危ういキャラクターを成立させているのが、イザベル・ユペールの演技だろう。感情を過剰に表現することなく、むしろ抑制された演技で“普通ではない普通さ”を体現している。観客に解釈を委ねる余白を残しつつ、確実に異常な存在として成立させているのは見事としか言いようがない。正直、「よくこれを演じきったな」と驚かされるレベルだ。 『エル ELLE』は、観客に安心できる立ち位置を与えない映画だ。善悪の判断も、被害と加害の構図も、単純には整理させてくれない。その代わりに提示されるのは、「人間はここまで歪であり得る」という事実だ。そしてその歪さの中に、どこか奇妙な魅力や引力があることも否定できない。 最初に抱いた「なんだこれは」という感覚は、最後まで消えない。しかしそれは決してネガティブなだけではなく、「ここまで踏み込めるのか」という驚きとセットになっている。観る側にもある種の耐性と覚悟を要求するが、その分だけ強烈な体験を残す作品だと思う。
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- 作成日時:
- 2026/04/07 19:14
エル ELLE
わー!なんじゃこの映画!ポール・ヴァーホーヴェンはアメリカを離れて自由に映画作っていますな。それを演じる役者さんたちもスゴいね。自宅で何者かに襲われレイプされる。しかし主人公は何もせず普通に振る舞う。「なんだこれは…」となったらもう監督の思うツボなんだろうなぁ。人の異常性、しかもいろんな方向の(特に性欲だが)異常性が描かれる。オープニングがショッキングなんだけど、そこから主人公と周りの異常な様のせいで、ショッキングさが次第に薄れていく。これは完全に狙っているんだと思うけど、よくこんなところに目をつけて映画を作ったなと監督の異常性(良く言えば非凡性)にもビビる。そして途中から主人公がどうでもよくなってしまう行動をしまくるのが、なんとも異常。なんだよこの人は。イザベル・ユペールがそれを見事に演じている。というかよく演じきったよね。なんじゃこの映画は!
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