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マッツ・ミケルセンの涙が語るもの~心を揺さぶる2作品の名シーン~

マッツ・ミケルセンの涙が語るもの~心を揺さぶる2作品の名シーン~

先日、主演映画『愛を耕すひと』が公開され話題となっている俳優マッツ・ミケルセン。1965年デンマーク生まれ。2006年の映画『007/カジノ・ロワイヤル』でボンドと敵対するル・シッフル役の静かな狂気に世界中が魅せられ、一気に知名度を上げた。 その後、マーベル作品『ドクター・ストレンジ』(2016)や『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』(16)『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(23)など数々のハリウッド大作に抜擢されているが、俳優のキャリアをスタートしたデンマーク映画への出演も続けている。 ハリウッド作品ではヴィランの役が多いこともあり、ミステリアスさやニヒルさが目立ちがちだ。代表作のひとつ、ドラマ版「ハンニバル」シリーズのレクター博士役では猟奇的な色気と残忍さが、どれほどの人を沼に落としただろうか。 一方で、デンマーク作品で観る彼は、ハードボイルド、自由奔放、そして、哀れさや滑稽さを表現する多様な役柄を演じ分けている。計り知れない実力と、底なしの魅力をもつ彼の出演映画の中から、今回は2作品をおすすめしたい。

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  • 作成日時:
    2025/02/28 17:03

アナザーラウンド

制作年: 
2020年
アナザーラウンド

実在の哲学者による「血中アルコール濃度を0.05%に保つと、公私ともにうまくいく」という理論を実証しようと、高校教師のマーティン(マッツ・ミケルセン)と友人である3人の教師は、日常的に飲酒をしはじめる。少量ずつ増やしていった飲酒量だったが、次第に実験が進むにつれて、制御が効かなくなっていき……。 前提として、デンマークでは16歳からアルコールを購入することが許されており、飲酒に関しては年齢による規則は設けられていない。マッツも13歳ごろから飲酒していたと語っていて、飲酒文化が根深いのは土地柄ヴァイキングの影響もあるようだ。 シンプルに言ってしまえば「お酒はほどほどに」ということなのだが、どんなに善良な人間でもささいな過ちをきっかけに、簡単に身を滅ぼす恐怖を描いている。同時に、“自信と悦び”をもって豊かに生きようと訴える人生賛歌であるところが今作の大きな魅力だ。まさにその“自信と悦び”を感じさせるのは、最後のダンスシーン。元ダンサーとして活動していたマッツの貴重なパフォーマンスは、マーティンの心の解放と高揚感を表す素晴らしいものだった。 さらに特筆したいのは、マッツが「涙」する2つのシーンだ。ひとつめは映画前半、同僚のひとりニコライの誕生日会で、友人らを前に酒を飲む場面。妻との関係は冷め、仕事への情熱も自信も失ったマーティンは目に涙を溜めながら、次々に酒を飲み干す。心配した友人らが「どうした?」と聞くと「何もない毎日だ」と吐き出すようにつぶやき、一筋の涙を流すのだ。窓際に並んだ間接照明が部屋をやわらかく淡い橙色の光で包み込み、テーブル中央のキャンドルの灯りがマーティンの顔に影を落とす。その見事な演出の中で、大げさな表情の変化なしに徐々に「諦めにも近い哀しみ」が溢れだす様を繊細に表現しているのだ。 ふたつめは、ネタばれに関わるので詳しくは書かないが、マーティンが深い悲しみの中、窓の外を横目で見つめながら涙するシーンだ。ここでも大仰な演技はしない。顔の角度がそう見せるのか、繊細な目の開き具合によるものなのか、刻まれた皺すら演技しているかに思えるその表情……。後悔とふがいなさが表れるその泣き顔から目を離せない。もし、未鑑賞なら、その涙の訳を確かめてほしい。

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ライダーズ・オブ・ジャスティス

制作年: 
2020年
ライダーズ・オブ・ジャスティス

列車事故で妻を失った軍人のマークス(マッツ・ミケルセン)の元へ、同じ列車に乗り合わせていた数学者のオットー(ニコライ・リー・カース)が訪ねてくる。オットーの推理によると事故は犯罪組織ROJによる作為的なものだという。マークスはオットーとその同僚のレナート(ラーシュ・ブリグマン)、ハッキングが得意なエメンタール(ニコラス・ブロ)らの助けを借りて、組織への復讐に繰り出す。 本作は、軍人マーカス演じるマッツの風貌から、ハードボイルドなリベンジ映画を思わせるが実のところ、ハートフルなヒューマンドラマとなっている。 マッツ演じるマークスは妻の死を受け入れられず、娘のマチルデとの関係は悪化していた。そこへ、偶然にも集った変わり者の男たちのおかげで、親子は悲しみを乗り越えていく。 マッツ演じるマークスは、白髪まじりの坊主頭で、ふるまいも威圧的な軍人。たっぷりとたくわえた口ひげが、その表情、感情を読み取りにくくしているにも関わらず、かすかな笑みや、瞳の奥に深い悲哀を浮かべる繊細な演技は、流石の一言だ。 映画の後半、ある衝撃の事実にマークスが憤り、バスルームで暴れるシークエンスには特に注目してほしい。決して心の内を見せなかったマークスの感情が怒りとなって爆発し、その直後涙を流すのだ。「怖いんだ……」と、ずっと言葉にできずにいた絶望を吐き出したマークスは、オットーに抱きかかえられ泣き続ける……。抑えていた感情が露わになる重要な場面を、怒りの爆発と哀しみの緩急で見せるその演技には見入ってしまう。 予想だにしない悲劇に直面したとき「誰かの、何かのせいにしたい」と願うのは人間の当然の心理だろう。マチルデは、母の死の事実を受け入れるために列車事故までに起きたことを「自転車が盗まれた」「電車でオットーが母に席を譲った」と、無数に書きだして、壁一面に張っていたのだった。 それを見たオットーは、数学者として、確率の問題を見るかのように目を輝かせた一方、多くの人の人生が複雑に絡み合うから、死の原因は永遠に断定できない、と告げる。しかしマチルデにとっては、現実を受け入れる方法がなかったのだ。そして、ことのはじまりだった「自転車を盗んだ人」を捕まえたいと言う。 実は、この「自転車」が映画の冒頭とラストに繋がるのが、今作のひとつのポイントである。 誰かの幸せが、誰かの不幸に繋がっているとでも言わんばかり……。偶然が重なって繰り返される毎日に、「確率は計算できても人生を変えることはできない」と、諭されているように感じられる、意味深いラストシーンとなっている。 人間の喪失と再生を、コミカルかつハートフルに描いた今作、独特なオフビートの笑いが癖になった人には、同じくアナス・トマス・イェンセン監督の『ブレイカウェイ』(00)もお勧めしたい。

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