
木村文乃×田中樹インタビュー:『連続ドラマW I, KILL』出演
2025年5月9日にRエンタメディアで公開された記事の転載です。 【元記事】 https://news.tv.rakuten.co.jp/2025/05/int-ikill.html ---------------- 5月18日(日)から放送・配信がスタートする『連続ドラマW I, KILL』(WOWOW)。WOWOWと松竹がタッグを組んだ初の完全オリジナル大型企画で、木村文乃と田中樹がW主演を務める。テーマは「生きる」(I kill/斬る)で、天下分け目の戦い「関ヶ原の合戦」から35年後の徳川家光の時代の物語となっている。平和な世を取り戻しつつあった日本に突然現れた「群凶」は、人を襲い、喰らう化け物。それらを幕府は密かに討伐し、群凶とその地域を焼き払って隠蔽していた。木村は血のつながらない娘トキを守るために立ち向かう元忍びの“お凛”を、田中は半分人間・半分群凶の謎の男“士郎”を演じる。放送を前に、主演を務めた二人に撮影時のエピソードを含めて、作品の魅力、演じた役・役づくりなどについて語ってもらった。 (文・田中隆信)
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- 作成日時:
- 2025/07/25 09:20
I, KILL
- 制作年:
- 2025年
――最初にオファーを受けた時の気持ちを聞かせてください 木村:私自身、サバイバルものがすごく好きで、日本でこういう作品に携われるとは思ってなかったので、まずは一旦一視聴者の立ち位置でプロットとその時にあった台本を読ませてもらいました。そうしたら「もう終わっちゃった!」と思うくらい夢中になってしまって、まだ返事もしてなかったんですけど、やる気でいました。 ――プロットと初期段階の台本を読んで、一気に世界観にハマってしまったんですね。 木村:はい。「こういう感じです」っていうリファレンス作品として挙げていただいていた作品が『クワイエット・プレイス』と『バード・ボックス』という、いずれも女性のヒロインが生きるために大事なものを守って戦って生きていく作品で、個人的にすごく好きで何回も繰り返してみていたので、「やらない」という選択肢はなかったです。 ――田中さんはオファーを受けた時どうでしたか? 田中:ゾンビものがすごく好きで、マネージャーから「こういう作品の出演依頼が来たよ」と言われて、すごく興味を持ったんですけど、ちょっと怖いなと思ったのが、“ゾンビ”をラジオで散々ネタにしていたので、チープな感じだと面白くなっちゃうんじゃないかって。でも、監督の話を聞いたり、作品のプロットやストーリーを教えてもらった時に、自分がゾンビものが好きとか置いといて「見てみたいな」って思ったんです。そう思える作品に出られるのはいいなと思ったので、早い段階で「やります」と言いました。 ――ゾンビ作品にはいつか出たいなと思っていたんですか? 田中:そうですね。でも、ゾンビを題材にした作品は日本では多くないし、さっきも言ったようにラジオとかで面白おかしく喋ってネタにしていたので、どうなんだろうなと思っていました。でも、「こういうふうに作りたい」みたいな短いパイロット版映像があって、それがすごくかっこよくて手が込んでいたんです。こういうものまで用意してもらったんだなと思ったら、「これはやらなきゃ」って。 ――最初のプロットの時から「時代劇」という要素もあったんですよね? 木村:ありました。それが私は不思議としっくり来た感じがあって、逆に、現代が舞台の方がゾンビと合わないんじゃないかって思ったんです。昔の方が風習的に、火葬ではなかったと思うので生き返ってもおかしくないんじゃないかなって。 ――確かに、言われてみればそうですね。 木村:洋服がボロボロというのはたくさんみたけど、着物がボロボロで引きずっていて、髪の毛がブワーってなっているのってみたことなかったのでワクワクしちゃう感じがありました。 田中:そうそう!話を聞いて「面白そう」って思うと同時に、そういうのを見たことがないなって思いました。 ――今回、お二人は初共演ということですが、共演してみての印象を聞かせてください。 木村:実は、二人が演じる役の物語が並行して進んでいく感じなので、共演シーンは多くないんです。でも、印象的だったのは“殺陣”ですね。田中さんと山本耕史さんの壮絶な殺陣のシーンがあるんですけど、その時の関係者とかスタッフの観客数が他のシーンの2倍くらいだったんです。しかもちょっと夜遅めの撮影だったんですけど、「え?こんなに人がいたんだ!?」ってくらい集まっていました。でも、実際に見てみたいって思えるくらいのかっこいい殺陣だったんです。殺陣の経験はほぼないんですよね? 田中:そうですね。殺陣の経験はなかったです。 木村:それなのに、あの手練れの山本耕史さんとバチバチにやり合っていて、その身体のどこにあんなエネルギーをしまっていたんだろう?って思いました。一日だけ一緒に練習する日があって、私は別の殺陣のシーンの練習をしていたんですけど、殺陣指導の先生がテンションあがっちゃってて、「あぁ、かっこいい!」って言ってました(笑)。日頃鍛錬されているのは殺陣ではないですけど、五感を使うことをたくさんやられているから、すぐに対応できていたのかなって。 田中:“士郎”は刀の作法を基礎から習っている人物ではなくて、地下牢にずっと閉じ込められていて、そこで独学で勝手に刀を振っていたという役柄なので、「刀はこう振らなければいけない」「こう持たなければいけない」という決まりみたいなものがないんです。だから構え方も独特で、ダランと下げている時もあったりとか、そういう設定にだいぶ助けられました(笑)。 ――殺陣のシーンの撮影は、思っていたよりも大変じゃなかった感じですか? 田中:いや、大変でした。殺陣のシーンの撮影をした2日間はハードな日で、日が沈んでから朝日が昇るまで、みたいな。とにかく寒いんですよ。僕の衣装が白で、着流しみたいな薄着なのでサポーターとか着けられなくて。 ――殺陣が大変だったというよりは、寒さがつらかったんですね。 田中:はい(笑)。殺陣に関しては、山本さんが「カメラがこっちから撮るみたいだから、ここでこう振るから、そこにいて。そうしたら本当に斬りに行ってるように見えるから」みたいなことをカットごとにアドバイスしてくださって、全体的にリードしてもらえたので助かりました。 ――“殺陣”に興味が湧いたり? 田中:いやぁ、結構大変だなと思いましたね。今回、基礎がちゃんとしていない役でも大変だったのに、たとえば本物の“武士”をやるとなったらもっと大変なんだろうなって思いましたから。 ――田中さんは、木村さんと共演してみてどういう印象を? 田中:さっき木村さんが言ってたとおり、共演シーンは多くなくて、そんなに話をしてなかったんですけど…。(木村に向かって小声で)人見知りですか? 木村:はい、人見知りです(笑)。 田中:やっぱり! 俺もそうだから。撮影の時も物語が後半に進むにつれて打ち解けて和気あいあいとなっていったワケでもなく、裏でもそういう距離感でした。というのは、人見知りの人にだけ分かる距離感っていうのがあるんです。「ここはお互いに入らないほうが居心地いい」みたいな。木村さんも同じように感じていたんだと思うんです。 ――俳優としての木村さんの印象は? 田中:お芝居に関しては、すごく合わせていただいてるなっていうのを感じました。自分のセリフが出る時に違和感を覚える瞬間が全くなくて、そういうのも含めて、何かを引き出していただいたんだろうなって。「こう来るか!?」「ちょっと言いづらいな」みたいな感じが一個もなくて。それは人見知りだから、ではないけど(笑)、相手に合わせるのがすごく上手なんだろうなと思いました。 ――先ほど田中さんに殺陣のシーンについてお話をしていただきましたが、木村さんもアグレッシブな殺陣をされていますが、どうでしたか? 木村:事前に“二刀流”にするかもしれないって言われていたので練習していたんですけど、いざ撮影に入ってみたら、その場でどんどん変わっていくから追いつくのに大変でした。ただ今回、救われたなって思ったのが、相手がとてもクラシックなゾンビで、素早く走ったり、学習能力を備えていて賢くなっていくとか、そういうのがないタイプだったので焦らず戦うことができました(笑)。 ――そういう特徴があるんですね。 木村:ただ、クラシックなタイプが逆に嫌なところは、ゆっくり来るから見ちゃうんですよね。今回、ゾンビコーディネーターの方がいらっしゃって、現場でもベタ付きでアドバイスしていただいたんですけど、設定上、ゾンビって臭いんです。なので、近づいてくるとまず臭いで気づいて、ゾンビが近づいてくる怖さだけじゃなく、不安感も出てくるみたいなんです。そういう細かいリアクションの方が大変でした。「皮膚はこんな触感です」「こういう臭いです」「今の腐敗具合は何%くらいです」って。 ――改めて、お二人が演じた役について、そして役作りについて聞かせてください。 木村:私が演じた“お凛”は、血のつながらない娘トキを守るために群凶と立ち向かう元忍びです。時代劇ではありますが、言葉遣いや所作に重きを置く感じではなかったので、結構自由に動けてよかったなと思いました。観てくださる方も“時代劇”と聞くと硬そうな感じがするかもしれないんですけど、全然そんなことはなくて、やってることはそれぞれの“親子喧嘩”なんです。人が人としてそこにいる限り、絶対に人から生まれてて、そこには死んでも切れない縁があって、そこに対して抗っているというか。「親との決別について深く描いている作品で、女性が主人公で、という作品はあまりないんです」というのを監督が仰っていて、確かにそうだなって。 また、田牧そらちゃんが、思春期の“構いたい親”と“離れたい子ども”の子ども側のお芝居をしっかりと伝えてくれたから、物語を通して、お凛として成長して子離れできました。なので、“お凛”の私の中のテーマは“母親”というのがずっとありました。 ――親と子の関係性、つながりというのを強く意識したからこそ、そういう表現ができたと。 木村:はい。ずっとトキちゃんに同情していました。「そうだよね。嫌だよねぇ」って(笑)。 ――田中さんの“士郎”はどうでしたか? 田中:士郎は、人としての意識を保ちながら“群凶”になってしまっている男ということで、初期設定からすごく難しくていろいろ考えました。殺すために噛んでいるのか、衝動的に人肉を口に入れたくて噛んでいるのか、痛みは感じるのか、果たして士郎の心臓は動いているのか。監督との細かいすり合わせは撮影が始まる前だけではなくて撮影中もずっとしていた記憶がありますね。あとは、幼少期の時には人を噛んでしまっていたけど大人になってからは我慢できているのはどうしてだろう?とか。半分“群凶”だけど半分人間だから、人間らしい習慣もあるだろうし。片方の目から涙が流れて、もう片方の目からは血の涙が流れたり。そんなふうに役についてたくさん考えて臨みました。 ――“時代劇”や“サバイバルスリラー”など、いろんな要素がある作品ですが、撮影を終えてみて感じた作品のテーマと視聴者の方に伝えたいメッセージを教えてください。 木村:ゾンビコーディネーターの川松さんが仰っていた言葉で印象的だったのが「人間が人間である瞬間とは“諦める”とき」でした。群凶にされそうになって諦めそうになるお凛がいて、その時にすごく“人間”を感じると仰っていて、生きるって諦めないことなんだなって思いました。この作品も「生きること」がテーマにあって、諦めないだけでちゃんと人間をやっている。それぞれ生活があると思うけど、窮地に追い込まれた時、迎撃したいと思っても、逃げたいと思っても、それがちゃんと人間として生きていることだということを、まさかのゾンビコーディネーターさんに教えていただきました。 田中:この作品は時代ものであり、ゾンビも登場するので、なかなか自分を投影することができないシチュエーションだと思うのですが、いろんな境遇の人がいろんな結末に陥っていく人間ドラマが描かれているので、どう生きるかということに対して教訓的に見てもらうのもいいのかなと思います。教訓とまでは言わなくても、人として共感できる瞬間があるのでそういうところに面白みを感じてもらえたらいいなと思います。








