
ジャパニーズ・ホラーの常識を車でひき倒すド級の怪作!
映画紹介人/お笑いコンビ・ジャガモンド斉藤です。 毎月第4金曜日に”配信で鑑賞できる作品”を1本選んで、あーだこーだ書いていきます。 居酒屋で誰かと喋ってる感じの再現なので、酒のつまみだと思ってお付き合いください。 記念すべき1本目は8月8日から公開される映画『近畿地方のある場所について』の白石晃士監督が手がけたビデオシリーズの傑作『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! FILE-01 【口裂け女捕獲作戦】』です。
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- 作成日時:
- 2025/07/25 12:08
戦慄怪奇ファイルコワすぎ!FILE-01 口裂け女捕獲作戦
- 制作年:
- 2012年
白石晃士監督の『コワすぎ!』をはじめとする作品群は初期のジャパニーズ・ホラー(Jホラー)に革命を起こしたと断言していいと思う。 『コワすぎ』シリーズはフェイクドキュメンタリーなんだけど、このジャンルは白石晃士監督の得意とする分野。 …いや、得意どころの騒ぎではない。 奇しくも監督の長編映画のデビュー作は『ほんとにあった!呪いのビデオ THE MOVIE』(2003年)という心霊ドキュメンタリーの草分け的な作品の劇場版。その後も『ノロイ』(2005年)『オカルト』(2009年)『シロメ』(2010年)『カルト』(2013年)『オカルトの森へようこそ THE MOVIE』(2022年)などなど名作揃い。 2016年には書籍「フェイクドキュメンタリーの教科書」を出版。この手の分野の過去作品を冷静に分析、体系化している名著なんだけど、この本で白石監督がいかにロジカルに作品作りをしているかがよくわかる。 間違いなく世界一の「フェイクドキュメンタリー」監督と言ってもいい。 今日は、そんな白石晃士監督の『コワすぎ』シリーズがどのようにJホラーの常識をひき倒したのかを考えていきたい。 その話をするために、少し長くなるんだけど、まずはJホラーの前提の話から。 1988年のホラービデオ『邪願霊』はJホラーの原点と言われている作品で特筆すべきは「フェイクドキュメンタリー」だったという点だ。 本当に心の底から観客を怖がらせるには「マジっぽい」ということが重要で、その点においてフェイクドキュメンタリーという手段は効果的で、当時は前衛的だったJホラー的心霊描写を試すにもピッタリだった。 めっちゃ遡るけど、”ホラーの原点”と称されるブラム・ストーカーが1897年に書いた小説『吸血鬼ドラキュラ』は手紙、日記、新聞の記事などで構成されていて、あたかも事実のように描かれている。いわば、”読むフェイクドキュメンタリー”とも言えるよね。 そう考えれば、白石監督の十八番であるフェイクドキュメンタリーの精神性は120年以上前から存在していたわけだから、この手法はぽっと出てきた色物でもなんでもなく、由緒正しき正統な怖がらせ方。 この「マジっぽい」はフェイクドキュメンタリーに限らず重要。 劇映画だろうが、短編だろうが、YouTubeだろうが、縦型動画だろうが関係ない。本当に怖いことをやろうとするなら「マジっぽい」が重要。それは実話を元にするってことも手段の1つなんだけど、何より作り手が本気かどうか、というとこと。ジェットコースターのようなその場限りの即物的な恐怖じゃなくて、一生尾を引くくらいの恐怖を観客に与えてやろうと本気で目論んでいるのか?という志があるかどうかというところなんだと思う。 『エクソシスト』(1973)も『リング』(1998)も『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999)もホラーのマスター・ピースの多くは「マジっぽい」 最近で言えば、小説や映画にもなった雨穴さんの『変な家』はJホラー史上最も稼いだ作品。YouTubeの動画が元になってるんだけど、穴雨さんは素性がわからなくて、匿名性が高いってこともあって、めちゃくちゃ「マジっぽい」 ただし、その「マジっぽい」は段々と体系化されていき日本ではそれが小中理論と呼ばれるようになっていく。その理論は一人歩きしていって、大きくなってくる。もちろんそうなると、当然、超えちゃいけない線が出てくるわけですね。そこを超えちゃうと「マジっぽい」が失われ、怖いんじゃなくて笑っちゃうっていう。 Jホラーブームの火付け役である『リング』以降、本当に怖い作品の需要が一気に出来上がって、言ってしまえば観客も作り手もみんな"怖い至上主義"になっていった。もちろんそういうホラーも個人的には大好きだけど、一方で幅が狭くなってくのも事実で、なんだか寂しいわけですよ。『HOUSE ハウス』(1977)や『スウィートホーム』(1989)『学校の怪談』(1995)みたいなバランスのホラー映画もあったっていいじゃないっていう。 そこへバットを持って殴り込みにやってきたのが白石晃士監督! …ごめんなさい。ここまで超お待たせしました。 白石監督のオリジナルビデオ『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズ(2012〜2023)はさっき言ってたやっちゃいけない線をアクセル全開で飛び越えていく! 話すべきは、1作目の『口裂け女捕獲作戦』の話なんだけど。 いや、ちょっと。もうサブタイトルからして、線を飛び越えているじゃないか! Jホラーで格好良いとされているのは幽霊描写は「ただ立っていて、こちらに攻撃してこない」だった。肉体を持っておらず、見たものに一瞬で恐怖を植え付ける。つまり、こちらも反撃、対処のしようがない。逃れられない、「見てしまった」という呪い…。 うん、怖い。たしかに怖い。 けど、『コワすぎ!』は違った。サブタイトルは嘘でもハッタリでもなんでもなく、本当に口裂け女を物理的に捕獲しようとする物語なんだ!面白い! 『コワすぎ!』のコンセプトによって、さっきから繰り返し話している「マジっぽさ」は本作だと半分失われているんだけど、その代わり手に入れているものがある。 それはロマンだ! このロマンは本作以降で輪をかけてスゴイ事になっていって、後半はまさかの時空を超えた超冒険活劇になってくのがアツいんだけど、その詳細はまた今度改めて…。とにかく、テンションがぶち上がるJホラーが誕生したわけだ。 主人公は、モラルを前世に置いてきた暴力ディレクター工藤、アシスタントの市川、カメラマン田代。この3人は心霊ドキュメンタリーを制作するいわゆる裏方。 投稿者から送られてくる奇妙な映像を調査するんだけど、本作の投稿映像は「口裂け女らしき人を捉えた」という内容。工藤を中心としたコワすぎ!チームは投稿者に直接会って、映像を検証したり、色んな人にインタビューを行いながら怪異の調査をしていく。これは先ほど触れた『ほんとにあった!呪いのビデオ』のパロディになっていて、心霊ドキュメンタリーが大量に作られてきた時代だからこそ、成り立つ作品とも言えるわけだ。 ただ、白石監督はそこで止まらない。 本作はこれまでのJホラーに比べてフィジカル要素がまあ強くて、最終的には工藤Dが車で口裂け女を轢いて、ぶっ飛ばすという、本来のJホラーではあり得ない展開に飛躍する。 白石監督が学生時代に初めて撮った自主映画は『暴力人間』という作品なんだけど、タイトル通り暴力について描いている作品で、監督は元々、暴力について描く作家性を持っていた。それは監督がリスペクトしている北野武映画の流れもあるんだけど、監督の作品にはバットや鈍器の登場が多い。誰かを殴った時、手元に残る生々しい感覚を大事にしてるから、銃やミサイルは出てこないっていう。 本作の暴力の象徴を担っているのは主人公でもある工藤D。彼は暴力でしかコミュニケーションが取れない。部下の市川にも暴言を吐くし、ホームレスを脅迫したりするとにかく肉体派。現実にいたら嫌だけど、映画の中ならば、力を発揮するというフィクションならではのキャラクター。本作で彼の暴力はまだ抑え気味だけど、シリーズ内でエスカレートしていき、シリーズ後半で自分が頼ってきた暴力そのものが自分の首を絞めていく…という皮肉な運命の物語になっていく。 ただ単に暴力を映すんじゃなくて、その暴力がいかに他人や自分を痛めつけるか?というテーマがある。やっぱり白石晃士は暴力映画の監督ですね。 だから、本作はそもそも暴力映画の軸があって、そこにJホラーの要素が合体した作品なんだよね。 これまでのJホラーの歴史でブン殴ることができなかった幽霊や怪異を撃退してしまう『コワすぎ!』にはもうひとつ大事なことがある。 ホラーって基本的には登場人物は不幸になるわけですね。バッドエンド。それは、ホラーが教訓話の性質を持っているゆえでもあるし、観客が自分より不幸な人間を見たがっているとも言える。だけど、時には人間が勝ったっていいじゃない?だって、僕たちを襲う彼らは「死」や「不幸」のメタファーとも捉えることができるわけで、そういうものに打ち勝ちたい気持ちもあるのは本音だよね。後に白石監督が撮った映画『サユリ』はまさにそういう話なんだけど、『コワすぎ!』の段階ですでにそういう”人間なめんなよ精神”をやってる。 だから、怪異を撃退できる人間を描くっていうのは、希望をこめてるって解釈にもなるわけで、そこも好き。 Jホラーの常識をぶっ壊していると同時に僕らにエールを贈ってくれているんだよね。 白石晃士は工藤の体を借りて、こっちに向かって叫んでんだと思う。 「運命に逆え!」








